胸臆
「今日はさ、山南さんの好きなようにしていいよ」
「へっ……!?」
行燈の柔らかな光明が照らす深閑とした和室に、山南の素頓狂な声が響く。
一枚の布団の上。今から接吻されるのだと構えていた山南は切れ長の目を見開き、向かいに座す永倉の顔をただ見つめることしかできずにいた。いきなりそんなこと言われても、と言わんばかりに揺れる瞳に応えてやるように永倉は続ける。
「ほら、えっちする時っていつも最初から僕がリードさせてもらってるでしょ?」
「そ、それは……うん、まぁ、確かに……?」
山南がかなりの奥手であることは永倉もよく知っていた。何しろ、永倉と関係を持つまで一切色事とは無縁だった男だ。駆け引きなど以ての外で、むしろ永倉が仕掛ける駆け引きに終始翻弄される有様だった。永倉が山南に自身を意識するよう仕向けてからというもの、今まで己の内に生じたことのなかったであろう欲や感情にさぞ惑わされたことだろう。
山南はきっと無知ゆえに奥手なのだと、永倉は思っていた。だがいわゆる恋人関係になり三か月は経っただろうか、山南とは抱擁も、接吻も、その先の行為だって幾度となく交わしてきた。だというのに、三十路も半ばに差し掛かろうとしているこの男、いつになったら慣れてくれるやら、情事中未だに生娘のような初々しい反応で永倉の情欲を煽り立ててくるのである。
だから、何も自分が山南から強引に行為中の主導権を奪っているわけではない。年下であり、部下という立場でもある自分に易々とリードを許す山南の奥手ぶりが、ああこの人を導いてやらねばならないという気にさせているのだ。そうに違いない、と永倉は確信していた。
「いつも僕ばっかり好き勝手してるみたいで申し訳ないし、たまには山南さんのやりたいように進めてほしいなーなんて思っちゃって」
「わ、私のやりたいように……?」
「そ。僕としたいことでも僕にしてほしいことでも、なんでもいいよ。今日は僕に山南さんのお願い、聞かせて?」
上目遣いで微笑みかけてやれば、う、とあからさまに山南がたじろぐ。あとはこっちのものだ。
とはいえ、永倉もどちらかといえば優位に立っている方が性に合っていると感じているし、山南にとっても主導権を握られるセックスは満更でもなさそうに見えるのだが、さすがに毎度その調子ではいつか互いに飽きる時が来るかもしれない、と最近は思い始めていた。
あの奥手の山南が主導権を渡されたらどう動いてくるのか――そんな純粋な好奇心も確かにあった。
だがそれだけではない、山南から求められてみたいという欲が同時に己の中に芽生えている自覚もあったが、これはなんとなく素直に認めるのは癪だった。
だから、今回はあくまでも自分が主導権を握ってばかりいるのが申し訳ないから、などと強ち嘘ではないそれらしい理由をつけて、山南に件の提案を持ち掛けたのだ。
山南は考え込むように口元に手を添えたまま、ちらりと永倉のほうを見遣る。赤らめた顔を見るに、山南にも何かしらの願望があることにはあるらしい。
「なんでもいいって、本当に……?」
「うん、いいよ? あ、でもいきなりハードなやつは勘弁願いたいけど――なぁに?」
「ッ、その、く、口で……」
おずおずと問うてくるものだから何事かと思ったが、なんだ、いつもしていることじゃないか。永倉も自分の奉仕で善がる山南の姿を堪能しながらの口淫は嫌いではない。己の一挙一動が、山南の吐息を、声を、表情を引き出しているのだと、あの山南に蕩けた顔をさせているのは他の誰でもない自分なのだと感じるあの瞬間に、たまらなく興奮するのだ。
「ふぅん。好きって思ってくれてるんだ。口でされるの。僕もするの好きだよ」
くすりと少しだけ意地悪く笑って、永倉は早速山南の寝間着の帯を解こうと手を伸ばした――が。
「そうじゃなくて!」
声を発したのとほぼ同時に、山南がその手を掴んだ。
咄嗟の反応に驚いて山南の顔を見遣ると、しまった、とでも言いたげな表情を浮かべて視線を泳がせ始めた。手に取るように伝わる山南の動揺ぶりは哀れですらあるが、その素直さというべきか単純さというべきか、あまりにも分かりやすいところが可愛くもあり、いつも心を擽られてしまうのだ。
しかし、「そう」じゃないなら何なのだ。これから行われようとしている情事において、自分の口を使って出来ることといえばそれくらいしか頭には浮かばない。それとも、山南は自分の想像が及ばないようなアブノーマルなプレイでも提案するつもりなのだろうか――否、山南に限ってそれはないだろう。
山南の制止の意図が分からず暫しの間押し黙っていると、遂に山南が覚悟を決めたように唇をきゅっと結び、言葉を紡ぐために息を吸った。そして。
「そのっ……わ、私が」
わたしが、の四文字を耳にした瞬間、悟ってしまう。
待て。まさか山南は。
「私が! く、口で、したいんだけど」
――山南さんが口でしたい。
フリーズしかけた脳内で反芻して、へぇそうなんだ、と山南が口にしたことを理解しようとする。だがその理解に感情が追いつかないままに、永倉は意図せず答えの分かりきっている問いを山南に投げかけた。
「口でしたいって、何を」
「だっ、だから! 私が永倉くんの……を、口で、してあげたいなって……」
山南が口での奉仕を望むならばいつものように、いや、いつも以上に丁寧に舐って、山南の反応を心ゆくまで楽しんでやろうとすら思っていた。
だが、山南の申し出は永倉からの一方的な奉仕を望むようなものではなく、寧ろその真逆。まさかそのような――自ら口淫をしたいなどという申し出をしてくるとは思いもせず、永倉もまた、表情にこそ出さずにいるが動揺しているのは確かだった。
「……すまない。嫌なら無理にとは――」
「違っ……そうじゃない! けど……」
沈黙を否定と捉えたのか、山南が申し訳なげに目を伏せたので慌ててフォローに入る。
山南にそのようなことをしてほしいと願ったことすらない。かといって、されたくないという拒否の感情を持ち合わせていたわけでも決してない。
そもそも、自分が奉仕される側に回るという発想が、永倉にはなかったのだ。
「山南さんこそ、そんなことでいいの?」
動揺を悟られぬよう落ち着いた口調で山南に問えば、山南はこくりと首を縦に振って答えた。
「わ、私だって、その、君のことは、すッ……た、大切に想っているし、私からもそれぐらいはしたいなって、思って」
耳まで紅潮させ口ごもる姿は、ガンマ団元総帥への愛を饒舌に語る普段の山南からはきっと誰も想像がつかないだろう、と永倉は思う。こうして恥じらいながらも想いを言葉にしてくれる山南の不器用な誠実さは愛おしく思っているが、駆け引きを知らぬがゆえのストレートな物言いは、時としてこちらまで照れさせてしまうから困りものだ。
「――山南さんがそこまで言ってくれるなら、いいよ」
そうだ、自分が言い出したことではないか。
不意は突かれたが、それが山南の望みというならば。
「僕のこと、いっぱい気持ちよくして?」
* * *
「山南さん、こっち向いて」
「ぁ……っン、ぅ」
壁向きに配置された文机に腰掛けながら、永倉は自らの脚の間に座す山南の顔に唇を寄せ一度だけ軽いキスを落とす。文机に座るなど行儀が悪いと普段の山南なら窘めてきそうなものだが、これは「布団の上ではどうにもやりづらそうだから」という山南の希望だ。
しかし、今夜は好きにしていいと言ってはみたものの、いつもはされる側であった山南が急に、というのはやはり難しいようだった。今この時だって、レンズ越しの切れ長の瞳をじっと見つめるだけで、照れて視線を逸らされてしまうのだ。はたしてそれ以上のことが山南にできるのかと先が思いやられそうにもなる。
「ほら、今日はリードしてくれるんでしょ? 僕がいつも山南さんにしてること、思い出してみて……ね?」
促すように囁けば、今度は山南から唇を重ねられる。控えめで優しいキスはなんとも奥手な山南らしい。
だが火をつけるにはもう一歩。舌先で山南の唇を撫で、開かれたそこに舌を潜り込ませると、未だその感覚に慣れないのかぴくりと山南の身体が強張った。奥に縮こまろうとする舌を捕らえ、強張りを溶かすように絡めて擦り合わせれば、咥内で感じる山南の息遣いも次第に熱を帯びたものに変わっていく。
深い口づけを繰り返しているうちに山南の手は永倉への首筋へと手を伸ばされ、鎖骨付近をゆったりとした手つきで撫ぜ始める。くすぐったさもあるが、時折微かな快感が走り、咥内を貪り合う甘い刺激と相俟ってじわじわと気分を高められてしまう。
山南の手はそのまま胸元へと下り、薄手の寝間着の上から擦るような指使いで愛撫を続ける。それも執拗とも言えるくらいに丹念に、緩急をつけながら指先を這わせてくるせいで、普段ならばそこであまり覚えることのない性感を引きずり出されていくのを永倉は感じていた。
「ン、ッふ……っ」
布との摩擦が身体の奥から疼くような快感を生み、山南との唇の間で吐息交じりの嬌声が漏れる。その刹那、ふとかち合った山南の視線に熱が宿るのを、見てしまった。
やがて山南の指は直に肌の上を滑り、刺激を与えられるうちにぷっくりと膨らみ、存在を主張するその中心部を弄んでいく。
「ここ、硬くなってるねえ……?」
「ひ、ッぅ、んッ!?」
きゅ、とその感触を確かめるように敏感になった先端を摘ままれ、永倉の腰がびくんと大きく波を打つ。山南の指はそのまま捻るように動き、そのたびにじくじくと疼くような快感に呑まれて甘ったるい声を漏らしてしまう。
「やッ、ぁ、なんでそんな、ッ、とこまで……!」
滅多なことでは余裕を崩さない永倉も、これまでとは打って変わって積極的な山南の姿に驚きを隠せずにはいられなかった。山南さんもやればできるじゃん、なんていつもの余裕を繕う余裕すら奪われているのだ。つい先ほどまでキスすら自分で仕掛けることもできやしなかった、あの山南に。
「永倉くんの反応を見てたら、なんだか、ね」
しかし、と山南が焦らすように乳輪をくるくると指先で撫で回す。
「あまり触れたことがなかった場所だけど……こんなに感じるものなんだ」
「ッ、山南さんが、そんな、ッん、やらしい触り方するから……!」
「ふふ、そうだねぇ」
言いながら妖艶に目を細めた山南に腰紐を解かれ、拘束を失った寝間着の合わせがはらりと開かれる。山南の手は胸元からさらに下っていき、下着越しでも分かるほどに熱を蓄えたその場所へと、触れる。
「だからもう、こっちも反応しちゃってるんだねぇ……?」
「――ッ!」
下着の上から性器を撫でられ、永倉はヒュッと息を呑んだ。掌で包むようにやわやわと揉み込まれると、その先端からじわりと滲み出した蜜が布地の色を変えていく。下着の中で増していくぬめりを布越しにも感じたようで、山南は「脱がすよ」と短く口にして下着のゴムに指を引っ掛けた。
芯を持ったそれは山南の眼前に晒される形で露わにされ、いくら仄暗い室内とはいえど羞恥心を煽られずにはいられない。ちらと山南の様子を窺うと、別に初めて見るわけでも触れるわけでもなかろう永倉のそれを興味深そうにまじまじと眺めている。山南も山南で気分を昂らせているようで、薄く開いた形の良い唇から吐き出される息は平常時よりも少し荒い。
と、つい山南の口元に視線を注いでしまい、永倉は咄嗟に目を逸らす。
今からその唇で、熱くぬめる舌で、自分のそれを――。
目前に迫るその時を想像すれば、期待なのか未知なる経験への恐れからなのか、火照ってやまない身体がぞくりと震えた。
「こんなに濡らして……さっきの、そんなに良かったんだ?」
「ひッ! あ、ぁ、ッんんっ……!」
山南はとぷりと溢れるカウパーを親指の腹で先端へ、裏筋へと塗り広げると、その滑りを借りて陰茎をゆるく扱き始める。手を上下されるたびにくちくちと聴こえてくる粘着質な音は余計に興奮を煽り、高められた感度がもたらす快楽に永倉の思考は徐々に奪われていく。
「はぁ、ッんぅ、ぁ……ッ!?」
直接強い刺激を与えられ完全に勃ち上がったそこに、山南の熱く荒い吐息を感じる。ああいよいよなのかと身構えると、心臓は早鐘を打ち、永倉の息遣いに激しさが増していく。
「初めてだから、上手くはできないかもしれないけれど――」
言うと、山南は端整な顔を屹立したそれの先端に寄せ、はじまりの合図を告げるようにちゅ、と音を立てて口付けた。
「ッ、あ……っ」
あの山南が、本当に自分のモノを。
眼下に広がる想像すらしなかった光景に、永倉は眩暈すら覚えそうになる。
いつも唇で感じている感触をそこで味わうのは、なんとも不思議な気分だった。山南は両の唇で挟むように竿全体に触れていく。まだまだ所作にぎこちなさはあるが、押し当てられる唇の柔らかさと微熱は、焦れったくも恍惚とするような心地良さを感じさせる。
不慣れながらも懸命に奉仕しようとする山南の健気さが愛しくなって頬をそっと撫でれば、くすぐったいのか照れくさいのか、山南は困ったような笑みを浮かべた。
そういえば山南への恋心を自覚したのもこの表情を初めて見た時だったな、といつかの日を思い出して、永倉はつい口元を緩める。
「笑っちゃうほど下手だった……?」
永倉の表情を見て勘違いしたのか、山南があまりにも不安げな声で言うものだから、おかしくなって余計に笑いを誘われてしまう。
「ふふ、違うよ。やっぱり山南さんのこと好きだなぁって思ってさ」
「……もう」
永倉の返答に照れつつも、山南は舌先で裏筋を根本からなぞり上げると、そのまま先端から少しずつ咥え込んでいく。ぬめった咥内の粘膜は、理性すらも溶かされそうなほどに熱くて気持ち良い。
永倉に散々そこを責められてきたから勝手は分かっているのだろう、山南は敏感な雁首を狙って舌を小刻みに動かしてくる。器用なもので、根元に添えた手は絶え間なく裏筋を擦って、じわじわと煽られていく射精感に腹筋と内腿がびくびくと跳ねてしまう。
そろそろやばいかも、と永倉が絶頂を予感し始めたその時、空いていた山南の片手が睾丸と後孔の間をなぞるように上下していることに気づく。
「ぁ、え……っ、そこ、なに……?」
「ん……永倉くんがナカで一番感じるところ、かな」
会陰と呼ばれるその部分を指でトントンと軽く叩くと、その振動は前立腺に響いて全身へと快感を走らせた。初めて味わう外から前立腺を刺激される感覚に、永倉は戸惑いを隠せない。
「っ、なに、これ……っ」
「ここ、気持ちいい?」
「んッ、わ、かんな……ッァあっ!?」
会陰をぐり、と指圧され、押し寄せた強い快感に喘ぎを抑えきれなくなる。山南との情交を重ねるうちにすっかり「気持ちいい場所」に育ったそこは、いつの間に外側からの刺激でさえも快感として享受するようになっていた。
山南は一体どこでそんな知識を覚えてきたのだろう、山南がいつまでも初心だと思っていたのは自分だけだったのだろうか、なんて疑問が頭をよぎるが、前も中も責め続けられているこのような状況で、まともな思考など到底できるはずがなく。今の永倉の頭の中は、昂ぶりきった浅ましい欲望を吐き出すことでいっぱいになっていた。
「やまなみさん、だめ、くち、離して……っ!」
このままでは山南の咥内で果ててしまうというのに、山南は永倉の制止を聞き入れるどころかそれを望むかのように刺激を強めて追い打ちをかけてくる。永倉も口では駄目だと言いながらも、込み上げる快楽を逃がそうと身体を仰け反らせてしまうせいで、かえって腰を山南の顔に押し付ける形になっていることにも気づかない。
「んぁ、っは、だめ、イく、ッんん、イッちゃぅうっ」
とどめと言わんばかりに山南が張り詰めた陰嚢を揉みしだきながら鈴口をぢゅる、と吸い上げる。
「ぁ、あッ! それだめぇッ! ッひ、ぅう、ッんんん――……っ!」
快感は一気に尿道を駆け上り、山南の舌に、喉に、熱い欲望を迸らせていく。射精させられる感覚に頭は真っ白になり、永倉は力の抜けた身体を壁に預けて肩で息をすることしかできない。
「んぁ、は……いっぱい出たねぇ……」
咥内で受け止めた精液を塵紙に吐き出しながら山南が言う。望み通り自らの口淫で永倉を絶頂させられたからだろう、その声色は満足げだった。
――正直、悔しかった。
山南に好きにしてほしいと言ったのは他の誰でもない永倉自身。けれど、どうやら山南のことを見くびりすぎていたらしい。いつも自分にされるがままだった山南に、ここまでみっともなく喘がされることになろうとは思いもしなかった。
だが、思いがけず山南に優位に立たれたことが悔しいのではない。この状況にどうしようもなく気分を昂らせている自分が、確かに今ここにいることを受け入れられないのだ。
永倉の脱力しきった身体は山南に抱き抱えられ、布団の上にそっと寝かされた。涙でぼんやりと滲んだ視界には、幾度となく見てきた天井と、自分を見下ろす山南の姿。だが、顔を赤らめて俯くばかりのいつもの山南は、そこにはいなくて。
「まだ、行ける?」
優しくも熱を帯びた山南の声が、身体の奥にまでずくりと響く。一度射精したとはいえ、外側から前立腺を刺激されたせいで腹の奥の疼きは未だ収まらないままだ。
「……もう、準備してきてる、から」
自ら片脚を上げて、ひくつくそこを山南に見せつけるように指でなぞる。我ながら大胆すぎることをしている、と思いながらも、早く山南のもので中を埋め尽くして、熱を鎮めてほしくてたまらない。
山南がこくりと喉を鳴らすのが聞こえた気がした。けれど山南は穏やかに永倉の髪を撫で、微笑みかける。
「いつもありがとう。でも……」
山南は布団のすぐ傍に置いていた潤滑剤を手に取り、片手にとろりと垂らした。濡れた山南の指は永倉の蕾の入口を撫で、そのまま中へと侵入していく。
「え、ぁ……っ!?」
「今日は私の好きにさせてくれるんだろう?」
「っ……!」
入念に解してきたそこは、山南の指一本ぐらい難なくすんなりと受け入れていく。浅いところから深いところへ、中の具合を確認するかのようなゆっくりとした動きで抜き差しを繰り返され、もどかしさは募るばかりだった。
「うん、ちゃんと柔らかくなってるね」
「ッ、だから、やまなみさん、もう……ッん、ぅうっ!」
永倉が欲しているものを分かっているはずなのに、山南は入口を拡げるようにぐるりと指を回し、二本目の指を滑り込ませてくる。二本の指は内壁を擦り上げながら奥へと進んでいき、永倉がナカで一番感じるところをすぐに探し当ててしまう。撫でで、叩いて、引っ搔いて。山南は途切れることのない快楽の波を与えて、永倉を限界へと追い詰めていく。
「はッ、ぅ、んぁ、あぁっ、そこ、ッ、だめ、んんっ!」
快楽をやり過ごそうと左右に頭を振るたび、結った三つ編みがシーツの上で乱れ散らばっていく。
山南のモノを受け入れるためにと解してきたそこは、もう十分すぎるほどにとろとろになっている。だというのに、山南は悶える永倉の姿を堪能するかのように指で焦らしに焦らして、その先を一向に与えようとはしない。
――いっそのこと山南を押し倒してしまおうか。なんて、この期に及んで反撃を試みようなどと考えてしまったが、それでは最初と話が違う。それに、山南にされるがままの現状から自分が優位に立てるとは永倉にはとても思えなかった。
「ッ、ぅ、……指じゃ、なくて……っ」
葛藤がぐるぐると巡る中口を衝いて出たのは、最早抑えきれぬ永倉の欲望であり、きっと山南が待ち望んでいる言葉。
けれど次の言葉を紡いでしまったら、自分は。
今更抗ったところで、却ってもどかしさを募らせるだけだというのに、僅かに残った理性が警鐘を鳴らして、永倉を踏み止まらせている。
「うん」
山南は指を抜いて頷き、真っ直ぐに永倉を見据えている。烈しい欲の色を湛えたその瞳に捕らえられたかのような錯覚に陥り、永倉は視線を逸らすことができない。
全部言わせるつもりとはずるい男だ、と思う。山南に激しく求められることを望み、彼の欲深い部分を引き出してしまった自分にそれを言う資格はないけれど。
今の山南は、自分をどんなふうに抱くのだろう。これ以上の快楽を与えられてしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。
山南の瞳に宿る隠しきれない劣情は永倉の期待をどこまでも昂らせ、理性の糸をも焼き切らすほどに焦がしてしまう。
もうどうなってもいいから、はやく。自分ではどうすることもできないこの渇望を満たしてほしい。戦慄く唇から絞り出されたのは、自分でも聴いたことのない縋るような声で。
「やまなみさんので、めちゃくちゃにして」
こんなありきたりな煽り文句を言ってやるつもりなんてなかったが、それは紛うことなく永倉の本心だった。
山南は何かを堪えるように唇を引き結ぶと、ようやく自身の寝間着の腰紐に手をかけ身に着けているものを脱ぎ捨てていく。一連の動作は落ち着いていたが、性急になろうとする自分を理性で押さえつけているようにも見えた。そして露わになった程良く鍛えられた武人らしい身体を、開かれた永倉の脚の間に寄せた。菊座に宛がわれるその存在感に、永倉の身体がびくりと震える。
「う、そ……まだ、触ってないのに……?」
驚愕するあまり思わず心の声が漏れ出る。薄いゴムに覆われた山南のそれは既に反り返り、浮き出した血管がどくどくと脈を打っていた。
「そうさせたのは君なんだけど、ねぇ……?」
「ッ、はぁ……っ! あ、ぅ」
くぷ、と亀頭がゆっくりと永倉の中へ埋め込まれていく。
やっと、やっと待ち望んでいた山南のそれを受け入れられる。悦びに打ち震え、吐き出された蕩けた溜息と共に身体の力が抜けたその時、猛ったそれは一気に腹の奥まで押し込まれた。
「――ぁ、っく、ぅうッ!?」
奥を突かれた衝撃に背は仰け反り、全身に広がる快感が永倉の小柄な体躯をびくびくと痙攣させていく。何が起こったのかも分からず、乱れた息を整えることしかできない。今の永倉を支配しているのは「気持ち良い」という感覚、ただそれだけだった。
「まさか達してしまったのかい? 今ので?」
山南は驚嘆の眼差しを向けながら、未だに波打つ永倉の下腹部をするりと撫でる。
散々焦らされたとはいえ、まさか挿入されただけで絶頂するなんて。この身はそれほどまでに山南の熱に焦がれていたのかと思い知らされる。
だがこの程度で身体の疼きは治まりそうにはない。敏感さを増したナカはきゅうきゅうと山南自身を締め付け、その形と熱までもはっきりと知覚させてくる。
「っは……すごいねぇ。こんなに感じて締め付けて……かわいい」
山南は永倉の膝裏を手で押さえ、ゆるゆると腰を動かし始める。
自覚があるのかないのか、いつもはしない言葉責めまでしてくるのだから、山南は自分よりもずっと余裕でいるのだろう。と、その表情をそっと仰ぎ見て、永倉は思わず目を細めた。
「――っ、ふ、山南さんだって、余裕なんてないくせに」
山南には強がりにしか聞こえないだろうが、やはりやられっぱなしは性に合わず、永倉は減らず口を叩く。
苦しげに眉間に皺を寄せて、歯を食いしばって息を殺して。そんな余裕を失った表情でさえも美しいと思わせてしまうから、山南はずるい。
顔立ちが整っている上に人当たりも良い。だから、山南に懸想しているであろう壬生の女達には何人か心当たりがあった。山南行きつけの蕎麦屋の娘だってそうだ。山南がいつもいつも愛想良く振る舞うせいで、きっと自分に気があると勘違いしてしまっているに違いない。可哀想なことに、当の本人が全くの無自覚なのが余計にタチの悪さを感じさせる。
――それなのに、この男は。
「……まったくその通りだよ」
山南に覆いかぶさられる体勢になり、欲情しきった雄の表情が永倉のすぐ目の前に迫る。その瞳に映し出される蕩けきった自分の姿は、それが自分と分かっていながら興奮を覚えてしまうほどにいやらしい。
「君のこんな顔を見たら、誰だって冷静じゃいられないさ」
「んっ、ぁ、は、山南さんが、ッ、僕をこんなにしたんだから……っ」
山南の瞳を見つめてキスを強請れば、もう躊躇いなど微塵も見せず自ら唇を寄せてくれるようになった。心戦組の副長ともあろう男が、これほどまでに夢中で自分の身体を貪って、ああなんてかわいいのだろう。そうだ、これからだってずっと自分だけを見て、自分だけに溺れていればいい。うっとりとまばたきをした永倉の目から、一筋の涙が零れ落ちる。
湧き上がる仄暗い優越感は欲張る心をいっぱいに充たして、いつもよりずっと永倉の気分を高揚させる。
「ぁ、あっ! はッ、ぁ、それ、やば、ッあ、んぁっ!」
山南は前立腺を擦り上げながら深く重いピストンを繰り返してくる。肩を掴まれているせいで律動の衝撃を奥でまともに受けてしまい、快楽をどこにも逃がすことができない。上擦った喘ぎと共に仰け反る首筋には山南の舌が這い、そのままちう、ときつく吸い付かれる。今の永倉は、痕を残されるちりちりとした痛みすらも甘美な快感として受け止めてしまっていた。
「永倉くん、気持ちいい?」
「ッ、あ、ぅ、ッんぅ、あ」
腰を打ち付けられるたびにぱちゅぱちゅと鳴る淫靡な水音に混じって、耳元で囁かれる低く掠れた山南の声までもが鼓膜を犯し、頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
「ちゃんと聞かせて」
「ひ、ッぁ、いい、そこ、すごいっ、こすられるの、きもちい……ッ!」
言われるがまま口にすれば益々感度は増して、もっとと強請るように内壁を収縮させてしまう。一度は射精した永倉の性器も熱を取り戻し、絶え間なく白濁交じりの粘液を零しながら互いの身体の間でびくびくと跳ねていた。
永倉の絶頂が近いことを感じ取ったのか、山南は昂る永倉のそれに長い指を絡めて上下に擦り始める。抽送は激しさを増し、前も後ろも望み通りめちゃくちゃにされて、何も考えられなくなってしまう。
「う、ッく、ぁあッ! だめ、きちゃ、ふぁ、あっ、いく、ッうぅっ! 〰〰ッ!」
今まで感じたことのない強烈な絶頂感に襲われ、永倉は声にならない声を上げてびゅくびゅくと精液を吐き出していく。山南も搾り取るような激しい内壁の収縮に低く呻いて、昂りを奥に擦りつけながら達した。
「はッ、ぁ、あつい……っ」
薄いゴム越しにどくどくと注がれる欲望の熱さを堪能させられた永倉は、醒めない絶頂の余韻に身悶え、僅かに残った力で山南に縋るようにしがみつく。永倉の浅く荒い呼吸が落ち着くまで、山南は乱れた髪を梳くようにして撫ぜていた。その手つきはどこまでも優しく、自分のことを心から愛おしんでいるかのようで。
「……山南さんさぁ」
「……ん」
「僕のことすっごい好きだよね」
汗やら涙やらでぐちゃぐちゃになっているであろう顔を山南の肩口に埋めて、永倉は確かめるように呟いた。そんなことは疾うに分かりきっているはずだった。それなのに、どうしてこんなにも安堵してしまう自分がいるのか分からない。否、分かろうとしたくないのだ。
安堵の溜息と共によかった、と小さく溢した山南を不思議に思っていると、赤子をあやすようにまた髪を撫でられた。
「ちゃんと伝わっているのなら何よりだよ」
――存外、山南はこちらの本心を見透かしていたのかもしれない。
なんだか負けたような気がして悔しいはずなのに、それ以上に嬉しくなってしまう己の単純さを、永倉は腹立たしく思った。
それでも今はただ、山南が与えてくれる甘い温もりに溺れていたいと願ってしまっていた。
あとがき
2023.10.2公開。
攻めフェ…が書きたくて書いてみたら攻めフェ…だけじゃ終わりませんでした。
奥手オブ奥手の山南さんにこんなことできるのか?と自分でも思ってしまいましたが、攻められ慣れていないシンパチくんの可愛い反応を見たらそりゃもう理性なんてぶっ飛びますよね。分かる。
山南さんが奥手なりに自分へ愛情を向けてくれていることを分かってはいるけれど、たまには山南さんからがっつり求められたいなんて願ってしまったり、「僕ばっかり好きなんじゃ…?」と柄にもなく不安になってしまうシンパチくんもいてほしいですね(私が)。